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桃山堂ブログ

豊臣秀吉の<謎>、火山と古事記の探究、電子書籍への挑戦。

「豊臣秀吉・中国人説」が、朝鮮王朝の高官の著作『懲毖録』に出ている

渡来人 豊臣秀吉 本の紹介

 

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韓国KBS1で2015年に放送された大河ドラマ『懲毖録』。主演キム・サンジュン(柳成竜の役)

http://www.kbs.co.kr/drama/jing/

 

豊臣秀吉はもともと中国人なのだが、日本に渡ったあと、破格の出世をとげて、国の支配者となった──という当時の風説が、朝鮮王朝の高官による著作『懲毖録』に書きのこされています。

 

柳成竜の『懲毖録』

 

『懲毖録』(ちょうひろく)の著者は、李氏朝鮮中央政府で大臣クラスの政治家だった柳成竜です。

豊臣秀吉による朝鮮半島・大陸への侵攻(文禄・慶長の役壬辰倭乱)の前後の期間について、朝鮮王朝の政治に携わる当事者としての視点から詳細で克明な記録がなされています。

 

柳成竜が政界を離れて隠居したあと、日本からの安易な侵攻を許してしまったことを反省し、後世への教訓をのこす目的で執筆したといわれています。


柳成竜は、豊臣秀吉の来歴についてのくだりで、その正体が中国人だという説があると述べているのです。

 

秀吉については、[いろいろな取り沙汰があり]、ある者は、「[彼はもともと]中国人で、倭国に流れこんで薪を売って生計をたてていた。ある日、国王(注①)が外出中に[たまたま]道ばたで出会い、その人となりの尋常でないのを見て[配下の]軍列に加えた。

 

勇敢で、力があり、戦上手であったので、[たちまち]功績をあげて大官に出世し、権力も握るようになって、ついに源氏(注②)[の政権]を奪ってこれに代わったのだ」と言い、またある者は、「源氏が、ある人(注③)に殺され、秀吉がまたその人(注④)を殺して国を奪ったのだ」とも言う。

 

[秀吉は]兵力を用いて諸島を平定し、域内の六十六州を一つに統合するや、今度は、外国を侵略しようという野望を抱いた。 

 平凡社東洋文庫版 八ページ。 [ ]の文言は翻訳者による注釈 )

 

注① 国王が秀吉を道ばたで見つけて云々という話の「国王」は、織田信長らしい。

注② 源氏とは、将軍足利氏のこと。織田信長についての情報と秀吉の情報が混線している。

注③ 「ある人」は信長ということになるが、最後の足利将軍・義昭を殺してはいない。

注④ 秀吉が信長を殺した話になってしまっている。

 

 

李氏朝鮮の高官は誰でもそうなのでしょうが、柳成竜は儒学的教養をもったたいへんな知識人で、すぐれた洞察力をもっていたことは『懲毖録』の行間からも伝わってきます。

 

しかし、織田信長の台頭から、豊臣秀吉の覇権に至る日本の政治状況の推移については、あいまいで不正確な情報しか持っていなかったようです。

 

隣国とはいうものの、海峡に隔てられて、情報が行き来していなかったことがわかります。

 

秀吉のビジュアルイメージについての興味深い記述

『懲毖録』には、日本に赴いて豊臣秀吉に面会した李氏朝鮮使者の証言も記録されています。

 

秀吉は、容貌は小さく陋(いや)しげで、顔色は黒っぽく、とくにかわった様子はないが、ただ眼光がいささか閃(きらめ)いて人を射るようであったと言う。(同二〇ページ)

 

秀吉はこの面談の途中、席を離れると、幼少のわが子(鶴松)を抱いて平服姿で出てきて、朝鮮の楽師に音楽を演奏させ、鶴松に聞かせています。

すると、抱かれていた鶴松がオシッコをおもらしして、秀吉の衣服を濡らしてしまったので、秀吉は笑いながら侍者を呼び、朝鮮の使者たちの面前で着替えたというのです。

 

大河ドラマではおなじみのシーンですが、ネタ元はこの本だとわかります。 

 

日本人どうしの席なら、いかにも秀吉らしい大らかなふるまいだという笑い話になるのでしょうが、朝鮮王朝からの公式の使者との会見の場なのですから、これは問題行動です。

 

『懲毖録』のなかで、

 [その行動たるや]すべてまことに手前勝手で、傍らに人無きがごとくであった。

 と糾弾されるのも仕方のないことです。

 

秀吉の容貌については、李氏朝鮮の記録『宣祖修正実録』の記述が、翻訳者による注釈として示されています。

 

上問う、秀吉は何の状ぞと。允吉言う、「その目光燦々、これ胆智の人に似たり」と。

誠一曰く、「その目は鼠の如く、畏るるに足らざるなり」と。 

 

黄允吉、金誠一の二人は李氏朝鮮の政府が派遣した使者ですが、当時の朝鮮政府には二つの派閥があって、二人の使者はそれぞれの派閥から選ばれています。

そのせいで、報告のトーンも微妙に違っています。

 

『懲毖録』の著者柳成竜は儒臣(文官)ですが、軍事部門の統括者のようなポジションにつき、あの李舜臣を抜擢します。同郷で幼少のころからよく知っていたようです。

朝鮮水軍の将軍としての活躍は日本でも有名です。

 

柳成竜がテレビの歴史ドラマの主人公になっているのは、李舜臣との関係が深かったからだろうと想像します。

 

韓国ドラマにはまったく疎いのですが、柳成竜を演じているキム・サンジュンさんはけっこう有名な俳優のようです。

(つづく)

 

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  翻訳者の朴鐘鳴さんは、同じく文禄・慶長の役の時代の貴重な記録『看羊録 朝鮮儒者の日本抑留記』の翻訳もしており、『滋賀のなかの朝鮮』などの著作もあります。

 

出身は朝鮮半島ですが、戦前、戦中、戦後を日本で暮らしており、日本と朝鮮の双方に視点をもつことのできる貴重な「時代の証言者」です。 

 

 下のリンクで、朴鐘鳴さんのインタビュー動画を見ることができます。誠実なお人柄がしのばれる語り口です。

cgi2.nhk.or.jp