桃山堂ブログ

歴史、地質と地理、伝承と神話

御崎馬──宮崎県串間市に生息する半野生の馬

2019年1月20日刊行の文春新書『「馬」が動かした日本史』にかかわる写真を中心に、関連情報を紹介します。第1回は、宮崎県串間市にいる日本固有の馬である御崎馬(みさきうま)です。

f:id:kmom:20200101164233j:plain

宮崎県でも最も南にある串間市。さらにその南端の都井(とい)岬に、百二十頭ほどの馬が自然放牧されています。

完全な放し飼いなので、広い放牧地のどこに馬がいるかは、その日の馬の気分次第。車でなければ、馬の群を探すのは大変と聞いていたので、レンタカーを借りてJR串間駅から都井岬に向かいました。

 

f:id:kmom:20200101163556j:plain

 

放牧地は五・五平方㌔㍍。しばらく、うろうろしたあと、比高五〇㍍ほどの丘のような場所に十八頭の馬の群がいるのを見つけました。

 

f:id:kmom:20200101163935j:plain

 

ほかに来訪者もいなく、びくびくしながら接近したのだが、まったく気にするそぶりもなく、黙々と草を食べ続けています。睡眠中以外のほとんどは食事時間で、一日に四十㌔㌘(生重量)ほどの草を食べるそうです。

 

f:id:kmom:20200101164018j:plain

 

 

f:id:kmom:20200101164035j:plain

 

それにして、宮崎県にいる馬がどうして、feral horse(再野生化した馬、半野生の馬)として分類されているのでしょうか。

 

御崎(みさき)馬(うま)は江戸時代、秋月氏高鍋藩(宮崎県高鍋町串間市など)が管理していた放牧地にいた馬の子孫だ。江戸時代から一年を通して放し飼いされ、自然の植物だけを食べて生活していた。

明治以降、地域住民の所有となったが、やがて販売目的が失われ、人間による管理がほとんどなくなったあとも、馬たちは同じ場所で暮らしている。エサとなる草は豊富にあるから、人間の手を借りなくても、馬たちは群をつくり、野生動物としてのルールに沿って暮らしているのだ。

人の手を介すことなく生殖し、世代をつないでいる。そのユニークな生態が半野生の馬として注目され、京都大学の霊長類研究の草分けでもある今西錦司氏をはじめ、内外の研究者によって報告されている。

(文春新書『「馬」が動かした日本史』)

 

 

 

 

f:id:kmom:20200102085551j:plain

 

 

放牧地は広大で、馬のいる場所を探すのは意外とたいへんです。

まず最初に、灯台の近くにあるビジターセンターを訪れ、馬が集まるポイントを聞いておくのがいいようです。

ビジターセンターには、馬がいる場所を示す地図があって、最新の情報が提供されていました。

 

f:id:kmom:20200101165640j:plain