ロシアの革命家にして、早稲田大学の教師──A・ワノフスキー
アレクサンドル・ワノフスキー(一八七四~一九六七)というロシア人が、戦前から戦中期まで、早稲田大学でロシア語やロシア文学を教えていました。私が文春新書『火山で読み解く古事記の謎』を書くことになったそもそもの原因は、ワノフスキーにあるのですから、まず、ワノフスキーとは誰なのかを申し上げる必要があります。
日本ではもとより、ロシアでもA・ワノフスキーの名を知る人はほとんどいないはずですが、彼は一種の歴史上の人物です。
ロシア語のウィキペディアには、A・ワノフスキーの項目があって、経歴が書かれています。
Ванновский, Александр Алексеевич — Википедия
箇条書きで、まとめてみると、以下のような人物です。
① レーニンなどと行動をともにしていたロシアの革命家
② 途中で革命運動に嫌気がさして離脱。
③ 日本に亡命して、早稲田大学で教師生活。
日本語で出版された本が一冊だけあります。
元々社という今は存在しない出版社から一九五五年(昭和三十年)に刊行された『火山と太陽──古事記神話の新解釈』という本です。
このとき、ワノフスキーは八十一歳。早稲田大学の教員をやめて、何年もあとのことでした。
私が個人営業している出版社は二〇一六年一月、『火山と日本の神話──亡命ロシア人ワノフスキーの古事記論』という本を出しましたが、この本はワノフスキーが書いた『火山と太陽』のほぼ全文を掲載するとともに、ワノフスキーの評伝、ワノフスキーの古事記論についての識者による解説などを盛り込んでいます。
古事記神話のなかに、火山の記憶を見た人はワノフスキーがはじめてというわけではありません。
もっと早い時期、物理学者の寺田寅彦は、スサノオ、ヤマタノオロチの物語などを火山の神話化したものだという論考「神話と地球物理学」を発表しています。
火の神カグツチを出産したあと、死に至るイザナミの物語については、多くの人が火山的な要素があると言っています。
ワノフスキーの古事記論がユニークなのは、古事記の最も深いところにあり、その骨格をなしている神話は、日本列島に住む人びとの火山についての記憶にもとづいていると断じていることです。
文春新書『火山で読み解く古事記の謎』という本は、ワノフスキーの説を出発点として、それを検証するため、火山と古事記の現場を歩きまわったルポルタージュ的な古事記本です。
日本語の能力も十分ではない亡命ロシア人が五〇年もまえに書いた本ですから、細部においてさまざまな誤認や間違いがあるのは仕方がないとおもいますが、ワノフスキーの古事記論のフレームワークはとても魅力的であり、真実に触れているとおもいます。
何回かにわけて、ワノフスキーの古事記論について書いてみることにします。