桃山堂ブログ

歴史、地質と地理、伝承と神話

2016-01-01から1年間の記事一覧

ボイジャー社の電子書籍作成セミナーに参加したこと

二〇一六年十月十四日、ボイジャー社でおこなわれた電子書籍の制作にかんするセミナーに出席しました。桃山堂の電子書籍シリーズ「秀吉伝説集成」は、ボイジャー社が提供するEPUB変換サービスを使わせていただいたので、今回はこのセミナーについて報告…

超零細出版社にとって、電子書籍EPUBファイルの自作は最低条件

どうして電子書籍のEPUBファイルを自分で制作する必要があるかというと、専門の業者に依頼するとけして安くはない料金がかかるという至極単純な理由によります。 福岡県筑後市、JR九州の羽犬塚駅前の羽犬像。桃山堂電子書籍『秀吉と翼の犬の伝説』より…

電子書籍づくりの魅力はコストを気にせずカラー写真を使えること

今回、電子書籍を制作して実感したことのひとつは、コストを気にせず、カラー写真をふんだんに使えることです。紙の本との比較でいうと、これは電子書籍の大きなメリットだとおもいます。 美濃赤坂の地名の由来は赤い土にある 上記の風景写真は、電子書籍シ…

電子書籍の写真はタテが良い──考えてみれば当たり前の教訓

電子書籍を読むのはタブレットにしろ、スマホにしろ、縦長の画面ですから、写真などの画像はタテが良い──というのは電子書籍制作になれた人にとっては当たり前でしょう。 私はボンヤリしていて気がつかず、最後になって、写真をほぼ総替えすることになり、結…

電子書籍をシリーズとして出版する〝戦略〟的な裏事情

電子書籍シリーズ「秀吉伝説集成」の発売がアマゾンをはじめとする電子書籍ストアではじまりました。今回、5作品を同時刊行、2017年のうちに計10作品をそろえる計画です。 桃山堂はライター仕事をしながら、細々とやっている文字どおりの個人営業の出版社で…

電子書籍販売の困難さについて

小さな個人営業の出版社を運営しておもうのは、本を販売するのはたいへんだということですが、電子書籍の販売は、それ以上に、そして紙の本とは違った困難があるようです。なぜ、電子書籍を届けることは難しいのか。弱小出版社の大きなテーマです。 電子書籍…

知らないうちに電子書籍は無料ツールで簡単にできる時代になっていた。

二〇一四年、はじめて電子書籍をつくってなんとか刊行したものの、その後、電子書籍の制作は中断してしまいました。ネット、パソコンの技能にうとい文系人間には、ハードルがあまりにも高かったからです。ところが、電子書籍づくりから離れていたこの三年で…

ブログと電子書籍①  作成の所要時間について

今日は、ブログと電子書籍を比較して、そのメリット、デメリットを考えてみます。これはこのブログをはじめた目的のひとつでもあるので、今日の話題というより、このブログの長期的なテーマにできればとおもっています。 ドーンセンター(大阪府立女性総合会…

サイト名を「桃山堂ブログ」に変更します。

以前、勤務していた新聞社を辞めたところからはじめて、その後の出版体験を時系列的に書いていこうという構想でブログを開設したのですが、いつのまにやら、「歴史ブログ」になってしまいました。 行き当たりばったりで恥ずかしいかぎりですが、「個人出版モ…

徳川幕府がつくった『寛政重修諸家譜』は豊臣氏を渡来系として分類?

『寛政重修諸家譜』は徳川幕府が編纂した武家系図集の集大成です。この系図集で豊臣氏は渡来系の氏族のなかに掲載されている──ように見える謎。 『寛政重修諸家譜』のなかの豊臣氏系図 『寛政重修諸家譜』は江戸時代の大名、旗本の系図を集成した系図集です…

「豊臣秀吉・中国人説」は東アジア世界に拡散していた

勇(いさむ)や(1368年)明の朱元璋、この年、建国。 極貧からの出発、晩年の理不尽な粛正、秀吉とは共通点のある明の創始者。 突然の朝鮮出兵によって、豊臣秀吉は明(中国)や朝鮮の知識人社会では「時の人」となり、さまざまな書籍や公文書で「Hidey…

幕末の歴史書『大日本野史』にも「豊臣秀吉・中国人説」が出ている?

幕末の歴史家として名高い飯田忠彦の『大日本野史』にも、「豊臣秀吉・中国人説」が記されている──と断定口調でいう自信はないのですが、妙な一文が秀吉伝記に挿入されているのです。 明人羽柴官の再生? 『大日本野史』は飯田忠彦が三十年以上を費やして一…

「豊臣秀吉・中国人説」が、朝鮮王朝の高官の著作『懲毖録』に出ている

韓国KBS1で2015年に放送された大河ドラマ『懲毖録』。主演キム・サンジュン(柳成竜の役)。 http://www.kbs.co.kr/drama/jing/ 豊臣秀吉はもともと中国人なのだが、日本に渡ったあと、破格の出世をとげて、国の支配者となった──という当時の風説が、朝鮮王…

豊臣秀吉を渡来人の子孫とする謎の系図

国立国会図書館に所蔵されている『諸系譜』という系図集に、豊臣秀吉を渡来人の子孫とする系図が掲載されています。『諸系譜』とは、幕末生まれの国学者たちが収集した系図資料がまとめられたものです。 国立国会図書館で『諸系譜』を見る 現代の戦場という…

豊臣秀吉 もうひとつの「一夜城伝説」と渡来系大名・秋月氏

九州版「一夜城」の舞台、益富城(大隈城)はこの山にあった。小雨のなか、撮影。(福岡県嘉麻市) 豊臣秀吉の一夜城伝説──。それは織田信長の家臣時代の秀吉が木曽川流域の墨俣に驚くべき短期間に城を築いたという伝承ですが、福岡県嘉麻市ではもうひとつの…

治水技術と渡来人──成富兵庫と豊臣秀吉を系譜的に考える

成富兵庫の代表的な治水事業「石井樋」。洪水防止に加え、上水道のことも考慮されている。 http://www.maff.go.jp/j/nousin/sekkei/museum/m_izin/saga/ (画像は農水省ホームページ「土地改良偉人伝」より転載。以下の写真も同) 佐賀県では<治水の神さま…

岩屋城の猛将・高橋紹運と豊臣秀吉は系図のうえでは渡来人の子孫

岩屋城二の丸は戦死者の墓域になっている。 福岡県・太宰府天満宮の裏山にある岩屋城の戦いで、壮絶な籠城戦の末に絶命した高橋紹運(鎮種)。高橋氏の系譜は、渡来系の有力氏族である大蔵氏につらなっています。 渡来系の名族・大蔵氏の一族 前回のエントリ…

血戦の地「岩屋城」で、豊臣秀吉を招く祝宴はひらかれたか

岩屋城は九州戦国史の激戦の舞台として名高い。 政争に敗れて左遷された菅原道真の廟墓であり、天神信仰のメッカである太宰府天満宮。その背後の山に九州戦国史では非常に名高い岩屋城があります。豊臣秀吉はここでひらかれた島津氏主催の宴席に招待されたの…

前田晴人教授の「桃太郎=豊臣秀吉」説について考える

これは愛知県犬山市の桃太郎神社。サルが家来というのも気になる。 「桃太郎」の物語は、細川幽斎が、豊臣秀吉の政治構想と業績を顕彰するために創作した近世神話である──。 大阪経済大学で歴史学の教授をなさっていた前田晴人氏は、『桃太郎と太閤さん』(…

大坂城の石垣技術は、七世紀の古代山城でほぼ完成していた

岡山県総社市にある古代山城「鬼ノ城」。規模壮大な石垣が残存し、かつては桃太郎伝説の鬼の城とも信じられていた。 七世紀、九州北部と瀬戸内地方に、巨大な山岳城塞が次々と出現しています。安土城、大坂城によってはじまる近世城郭の石垣技術の原型は、そ…

大坂城の石垣は、古墳の石室の<面的>移動だったのか

福岡県飯塚市のカクメ石古墳内部の石室。石の美しさも考えられているようだ。 豊臣時代の大坂城には、近郊の古墳群から運んできた古墳石室の石が大量につかわれていたことが、秀吉発給の文書によって知られています。なぜ、秀吉は古墳から石を集めるよう指示…

菅原道真は<古墳の神>でもあること

学問の神さま、受験の神さまである菅原道真は<古墳の神さま>でもある──。豊臣秀吉による創建伝承をもつ瓢箪山稲荷神社(東大阪市)は、考えてみればあたりまえのこの真実をわかりやすく提示しています。 古墳稲荷で祀られる菅原道真 瓢箪山稲荷神社は、瓢…

豊臣秀吉の「石集め文書」は古墳神社の創建伝承と重なること

大坂城を築城するとき、古墳群から石を運んでくるよう指示した豊臣秀吉の古文書が存在します。前回、紹介した古墳と一体の稲荷社・瓢箪山稲荷神社(東大阪市)が秀吉によって創始された天正十一年は、石運びの時期と一致しています。 これも大坂城の石垣につ…

東大阪市の「瓢箪山稲荷神社」は古墳であり、豊臣秀吉の創始伝承

東大阪市にある「瓢箪山古墳」には、豊臣秀吉による創始伝承をもつ稲荷神社が祀られています。この地域は山畑古墳群と呼ばれる古墳の一大集積地。大坂城築城のとき、秀吉がこのあたりの古墳から、石垣用の石を運び出させたことを示す古文書がのこっています…

土より出でて、土へ帰る ── 母の死を悼む豊臣秀吉の挽歌

左から五行目から、秀吉の挽歌二首。『大かうさまくんきのうち』 太田牛一の自筆本(汲古書院) 「なき人の かたみのかみを てにふれて つつむにあまる なみだかなしも」 「たかの山 かたみのかみを をくりぬる つちよりいでて つちにかへれと」 母親の危篤…

キツネが大好きな油揚げの正体は「土器」なのか?

photo AC提供 フリー素材 キツネは赤いが、「お土器」も赤い ウィキペディアで今、知ったばかりのことを書くのも何なのですが、日本に棲息するキツネの正式名称を「アカギツネ」というそうです。 その名のとおり、毛皮は赤みを帯びた褐色を基調とする。 日本…

豊臣秀吉と伏見稲荷をつなぐ<土>の文化、<土>への信仰

年明け早々の神事で、稲荷山の神に土器が奉られる <土の神>としての伏見稲荷 伏見稲荷大社で毎年一月五日に開かれる大山祭は、「お土器の行事」ともいい、同社で最も重要な祭祀のひとつである──ということを知り、京都に向かったのは二〇〇九年のことでし…

日本史上の人物のなかで最も稲荷と縁の深い豊臣秀吉

秀吉を祭神とする長浜市の豊国神社のなかにある稲荷社。 秀吉の守護神は稲荷? 神道関係の本を多く書かれている戸部民夫氏の『戦国武将の守護神』は、勇猛果敢な戦国武将の神頼みの一面がわかって面白い本ですが、豊臣秀吉が最初に信仰したのは稲荷神である…

豊臣秀吉ゆかりの地には稲荷神社があるという法則

大阪市の玉造稲荷神社には豊臣秀頼奉納と伝わる鳥居が残存する。 伏見城のそばに最大の稲荷社、大坂城のそばには最古の稲荷社 豊臣秀吉に関心をもったきかっけが、大阪市の土佐稲荷神社の宮司さんから「秀吉さんは稲荷の信仰者」という話をうかがったことで…

橋場(江戸)、御器所(名古屋)、伏見(京都)をむすぶ土人形と豊臣秀吉

江戸時代からつづく伏見人形の老舗、丹嘉 土人形発祥地としての伏見 京都の伏見で誕生した伏見人形は、江戸時代以降、全国的な人気商品となった「土人形」の元祖的な存在です。 型取りした素焼きの人形に絵の具で色づけしただけの素朴な土人形ですが、このタ…